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お手紙の展示紹介@東京外国語大学

原発事故によって生じた問題を世代や出身地に関係なく、多くの方々が自分の問題として捉えていただくきっかけになれば、と思い、FnnnP・外大東北復興支援隊・舩田クラーセン研究室が共催で被災者の方々の『手紙』を紹介させていただきます。

是非原発事故の被災者の方々の生の声に耳を傾けてください。

展示期間:7月8日(月)~7月12日(金)
展示場所:東京外国語大学講義棟1階ガレリア

↓展示準備作業の様子
外大展示準備写真

【お手紙募集中 7月15日〆切】



【お手紙募集中 7月15日〆切】原発事故で被災した皆さまからの手紙を募集しています
福島乳幼児妊産婦ニーズ対応プロジェクト(FnnnP)では、原発事故後、小さな子どもを抱えるご家族を中心に、福島県からの保養・避難のサポートや実態調査を行ってきました。同様に、福島県内の子育て団体と協力し、実態調査を行い、明らかになったニーズに対応してきました。
(公式ブログ:http://fukushimaneeds.blog50.fc2.com/)
その中で、放射能に対する不安を感じていても声を上げられない、あるいは、地域や家族の中にも分断が起きている現実を目にしてきました。国策によってなされてきた原発政策、そして事故によって生じた苦悩を、個々の家族が背負わされる状態が続いています。
そうした状況を、一人でも多くの方に知っていただくため、FnnnPでは、子どもを守りたいと考え日々悩みながら生きていらっしゃる福島県在住、あるいは福島県から避難した皆さんから手紙を募集します。
「家族や地域の中での葛藤・軋轢」「放射能汚染と向き合う中での不安・精神的な落ち込み」など、これまで外に向けて話すことができなかった辛い経験。あるいは、「厳しい状況の中で救われた言葉や勇気づけられた経験」など、みなさんが今、心の中で抱えている想いを手紙に綴っていただけないでしょうか。
原発事故後、お一人お一人が経験された現実に耳を傾けることで、この問題を風化させず、自分の問題として捉えてもらえるきっかけになればと考えております。ご本人に了承いただいたお手紙は、本ブログに掲載いたします。

【募集テーマ】  
 「今、あなたに伝えたい」
(夫、妻、両親、子ども、友人など大切な方へ宛てた手紙、被災地以外の方に向けた手紙、
また、誰に宛ててよいか分からない想いなど、宛先の無い手紙でも構いません)
・ わかって欲しい苦しい胸のうち
・ 私が救われた言葉 ・ 勇気づけられた出来事  など

※ 字数、タイトルは自由です。
※ プライバシーの関係で、匿名での手紙の応募も可能です。
※ 募集された手紙の内容やいただいた個人情報については、FnnnPで厳重に管理をいたします。
 
【宛先・問い合わせ先】  〆切:7月15日  ※不明な点はメールにてお問い合わせ下さい

① 郵便  〒 183-0004 
      東京都府中市紅葉丘3-37-2 府中紅葉丘郵便局留
      東京外国語大学 舩田研究室内 FnnnP事務局 宛

②Eメール  tegamifukushima<@>gmail.com *送信時には < > をお取りください
 (※①②いずれの場合も下記フォームに記入し、同封して下さい)
                                           
-----------------------------------
【記入フォーム】

① お名前 (ふりがな)            (           ) / 匿名希望   
  

  匿名希望される場合のペンネーム                  


② 現在の居住地(市区町村)                        


③ 被災前の居住地(市区町村)                       


④ ご連絡先  (直接連絡を差し上げて差し支えない番号・アドレスをご記入下さい)

  Tel:                  Eメール:                      

⑤ FnnnPの活動の中での紹介/事務局からの連絡の可否  

  ( 可能   /   不可 ) ※どちらかに〇

⑥ 「お手紙プロジェクトブログ」への掲載の可否

  ( 可能   /   不可 ) ※どちらかに〇


【お手紙プロジェクトに関するお問い合わせ】

【お手紙プロジェクトに関するお問い合わせ

お手紙プロジェクトに関するコメント、お問い合わせがある方は、以下URLから団体のメインブログをご覧ください。そちらにあるメールアドレス、もしくは電話番号にご連絡ください。
団体メインブログ→ http://fukushimaneeds.blog50.fc2.com/

よろしくお願い申し上げます。

福島乳幼児妊産婦ニーズ対応プロジェクト(FnnnP) 手紙担当


「今、あなたに伝えたい・・震災2年後の「フラメンコ発表会」」

Fさん(県内在住)
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今、あなたに伝えたい・・震災2年後の「フラメンコ発表会」

2013年4月28日(日)、郡山市民文化センターで開催された「エミ・フラメンコアカデミア発表会・・TRADICIONAL―伝承―」のステージは、満員の観客を魅了した。

3年ぶりに開催されたこの発表会は、通常であれば昨年開催されるべきもの(2年ごとに開催)であったが、2011年3月11日の「東日本大震災」の影響で郡山市民文化センターも甚大な被害を受け、昨秋やっと改修工事が終了したばかりであった。

フラメンコクラスの中にも、震災後の原発事故の影響や福島に対する風評被害の大きさに、全国各地に避難したり、身体の不調を訴えたり、精神的に落ち込んだりして辞めていく仲間も出てきた。

一人ひとりが「このままフクシマに残っていていいのか?」「フラメンコを踊っていていいのか?」と自問自答しながら悩み続けていた。

エミ・フラメンコアカデミア講師のS先生は当時2歳の子を抱え、郡山市から県内一放射線量の低い南会津に引っ越そうか・・と本気で考えていたが、通常でも車で片道2時間はかかるうえに、冬の会津は雪が多く、郡山の教室に通うにはあまりにも不便であるために断念したと私に話してくれた。

その先生が2012年春、家族(夫と子ども)3人でスペインに旅立った。

たくさんの悩みを抱えながらの渡西であった。

そのスペインでは、「フクシマから来た」と言うと誰しもが心配し、力づけてくれたとのこと。

先生はこのことを「好きで始めたフラメンコ。震災前はなんの疑いもなくフラメンコを夢中でやってきましたが、震災後、フラメンコをやっている場合なのか?私にとってフラメンコってなに?フラメンコで子どもの生命は救えないなど、フラメンコが好きなのかさえもわからなくなっていた私に、スペインの人々は好きなものに理由はない。歌い、奏で、踊る。ただこれだけ。ここに来たらみんなfamilyだ、と言ってハグするバルのおじさん。いいよ・・と言うまで歌い続けるカンテ(歌)のおじさん。フラメンコを通じて、勇気づけてくれました。なんとも言えない温かい気持ちに包まれました」と書いている。

2か月半後に帰国し、またフラメンコ教室を再開した先生は「2013年春に発表会を開くよ、頑張ろう!」と力強く私たちに宣言し、その思いを「スペイン紀行」6曲に表現し、全生徒が一丸となって取り組んだ発表会。

フィナーレは「I LOVE YOU 福島 &フラメンコ」を全員で歌い踊り、さらに会津の「起き上がり小法師」を会場にプレゼント・・という演出に、観客から惜しみない拍手と声援が贈られた。

東京から来てくれたアーティストの皆さん(ギター・カンテ計3人)も、「この発表会に出演出来てよかった」と言ってくれたそうな。私たち一人ひとりも本当に感激して、こみあげてくるものがあった。

私自身、フラメンコを習い始めて20年になる。今まで何回も発表会などは経験してきたが、今回ほど、素晴らしい・・と自分で震えを感じた発表会は初めてであるし、見に来てくれた友人たちも「感激した、すごかった」とすぐに連絡をくれた。こういうことも初めてであった。

私は、震災後すぐ病後の夫(胃がんで全摘)を連れ、少しでも放射能を避けようと、山形市(夫の実家)と藤沢市(長女が居住)に避難した。しかし、東京から郡山への高速バスが運用されたと聞いて、矢も楯もたまらず郡山に帰ってきた。いくら身内とはいえ、自宅で過ごすようなわけにはいかなかったのだ。

近所に住んでいた長男の家族は、山形市に母子避難(長男の妻、孫2人)をしている。長男は仕事の都合で郡山に残り、週末に山形に会いに行く生活が1年半以上続いている。孫たちは山形市で、小学生、幼稚園生となった。自主避難者の高速道路無料化がやっと最近になって認められたが、経済的にも精神的にももう限界ではないか・・と思う。

フラメンコ発表会を通して自分自身がどうだったのか・・改めて考えさせられた。

「今だから言える当時の出来事と2年たっての今の想い」

河村幸子さん(県外在住)
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今だから言える当時の出来事と2年たっての今の想い

2011年3月11日、地震が起きた時、私は福島県三春町にいました。町内の会社に勤務し、両親と私の3人家族で、とても住み心地の良い三春町で楽しく暮らしていました。幸せな穏やかな毎日を送っている最中の大震災は、一気に私たちの幸せな生活を奪い不安にさせ、悲しませ、苦しませ、何とも言葉に言い表しようもない思いにさせられました。

仕事中に起きた地震は、まるで悪い夢にうなされているようでした。地震の揺れは大きく、これほどまでに自分の死を意識し、ここで今自分は死を迎えるかもしれないと思ったことはなかったと思います。それくらい地震は大きく、沢山の人を犠牲にし、悲しみをもたらしました。この悲しみは地震だけでなく、その後の原発事故がさらに福島県民を苦しめました。「原発が危ない」その情報を聞いても全くピンときませんでした。自分の住んでいる県に原発があっても、離れているし、みんなほとんど知識がなく、当初はテレビで言っていることを信じるしかありませんでした。「ただちに人体に影響を及ぼすレベルのものではありません。」この言葉を何度も何度も聞き、一方では放射能は危険だと聞き、どうしたら良いのか分からず、右往左往していました。このままここにいた方がいいのか、それとも少しでも原発から離れた所に避難した方がいいのか、その時は、どれが正しくてどれが間違っているのか分かりませんでした。原発が爆発した日も、食料もガソリンも灯油もなかったので、必死の思いで父と探し回り、ガソリンスタンドに並び、親戚の家に行き、ずっと外にいました。3月15日の雨にも危険だと知らずに浴びました。爆発後一番危険だと言われた雨です。

この時、郡山に住んでいた私の婚約者は危険を察知し、いち早く福島県を脱出しました。地震のあと、連絡が取れなくて心配していましたが、連絡が取れた時には大阪へ避難を決めていました。私も一緒に行こうと言われましたが、ここにいると決めた両親を置いては行けないし、もともと体調のあまり良くない父のことも不安だったので、「私は行けない。一人で逃げて。」と言いました。私たちは離れ離れになりました。原因は言うまでもなく放射能という問題です。今は結婚して西宮で新たな生活の基盤を作ろうと二人で頑張っていますが、この結婚に至るまでには、相当な苦労がありました。2011年11月に入籍するまで、ずっと言い合いの日々でした。その言い合いというのは、「私は福島で暮らしたい。私の両親も兄夫婦もかわいいかわいい甥も、大切な友達も親友も、好きなお店も、今まで慣れ親しんできた町も、たくさん遊んだ自然も、私の人生そのもの、お金では買えない私の宝物すべてを置いて関西には行けない。行きたくない。」という思いと、主人の「放射放射能がある中で子どもを育てるのは賛成できない」という意見の対立が何度も何度もあり、「関西に来ないんだったら結婚はない。俺は福島には行かない。」とずっと言われ続け、震災から2年たって母子避難されている夫婦間で、今問題となっている離婚と同じように、私たちは震災後すぐにこの問題にぶつかりました。福島にいたいけど放射能問題がある。結婚もなくなる。でも両親を置いていくこともできない。入籍するまでの8ヶ月間ずっと苦しみました。その結果、両親を兄夫婦に預け、私は関西に来ることを決めました。2011年12月下旬から西宮に住み始めました。福島を離れての生活は、知り合いも友達も話す人もおらず、全く知らない土地で出かけることさえも怖くて、2ヶ月ぐらいは家に閉じこもりっきりでした。放射能から逃れた安心感よりも寂しさや辛さの思いの方が強く、福島に戻りたいと心の中でずっと叫んでいました。今でも福島が大好きなので、戻れるのなら私は戻りたいです。でも戻れないのが現状です。冷静に考えると食べ物や生活面において、福島にいる時よりもそれほど放射能を気にしなくてもいいので、これで良かったのだと少しずつ思えるようになってきましたが、両親も兄家族もみんな今は線量の高い本宮市に住んでいます。住んでいる環境も不安だし、水や食べ物も不安です。きっと汚染されているものも口にしているかもしれません。避難すればいいのにと思う方もいらっしゃるかもしれません。でもしたくてもそれぞれの家の事情で出来ない人も沢山います。ですが、この現実を受け止め、受け入れ、不安ながらも仕方なくそこに残って生活をすることを決めた人たちも沢山いて、苦しんでいるということをみんなに知っていて欲しいです。すべて保証されているならまだしも、被害を受けたのに何の保証もなくじっと耐えることしかできない人もいます。子どもたちに健康被害が出ているのも現状です。きっとこれからもっと増えることでしょう。私も甲状腺検査と血液検査を自主的に今年の3月に行いました。この検査もお金がかかるものです。結果は、特に目立ったものはありませんでしたが、半年後また検査しましょうとのことでした。検査の結果には現れていませんが、自覚症状として脱力感、集中力の低下、免疫力が低下し風邪をひきやすくなった、頭痛などの症状があらわれています。これは西宮に避難してくるまでの9ヵ月間に食べた福島の野菜や水、高い線量地域での生活によって起きた内部被爆によるものかもしれません。今や内部被爆は福島の問題だけではありません。汚染された食品が流通して、関西にもやってきています。誰もが知らず知らずのうちに外食している中で食べているかもしれません。汚染された地域だけでなく、全国のみんなが危機意識を持って生活していかなければならないことだと思います。そうしなければ、未来を生きる子どもたちも守れません。誰もが無料で受けられる放射能健康診断も必要だと思います。

震災から2年がたち、年を重ねていくごとにこんなに重大な問題が世間から忘れられていくということを実感し、まだまだ放射能問題で解決されていない事は多く、むしろこれから出てくる健康被害や問題に着目していかなければならないと思うので、絶対に忘れられてはいけないことだと感じました。この放射能に対して、それぞれの人がさまざまな問題をかかえています。母子避難で家族とずっとバラバラで暮らしている人、子どもの健康被害、大人の健康被害、食べ物、環境、住宅、経済面、生活すべてにおいて問題が山積みです。私はこれから子どもを産みたいと思っています。ちゃんと手も足もあって、健康で元気な子どもが生まれてきてくれるか、とても不安です。これらの沢山の問題をどうしていったら良いのか、考えていく必要があります。それぞれ避難してきた状況や経緯は様々ですが、その方々が避難してきたから良かった、それで終わりではなく、今でもそれぞれの悩みや問題を抱え、ぶつかりながら一生懸命生きていることをわかっていて欲しいです。そして避難したくてもできない人たちがいるということも、忘れずにいて欲しいです。
プロフィール

FnnnP事務局

Author:FnnnP事務局
福島乳幼児妊産婦ニーズ対応プロジェクト(FnnnP)では、原発事故後、小さな子どもを抱えるご家族を中心に、福島県からの保養・避難のサポートや実態調査を行ってきました。同様に、 福島県内の子育て団体と協力し、実態調査を行い、明らかになったニーズに対応してきました。
(公式ブログ:http://fukushimaneeds.blog50.fc2.com/)

※なお、お手紙の掲載にあたりましては、ご本人の了承を得て事務局より連絡し、掲載の最終確認を頂いたお手紙のみを掲載しています。また、お名前や居住地等もご希望に沿い、修正や削除の希望がない限り原文通り(誤字等も含む)、全文を記載しています。

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