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タイトルなし

Hさん(県外在住)
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一度だけ山田先生に相談したことがあります。鎌田(福島市)でおこなわれた健康相談会でした。
子供2人をつれてY先生の前に座った時、記者さんが写真を撮り始めたので、「撮らないでください!」と言ってびっくりされたのを覚えています。
先生は、健康に影響があるかどうかははっきり言えないというスタンスでいらしたと思いますが、正直、yesかnoかを伺えると思っていたのでがっかりしました。
でも、2年たって、個人の身体の感受性の強弱、食事をはじめとした生活習慣、放射性物質に対する知識と心構えによって本当に出てくる答えは千差万別で、わかりやすい回答は存在しないのだということがよくわかりました。

震災の時我が家は、私の仕事が安定してから5年が過ぎ、まだ離婚はしていませんでしたがまずまずの収入で、子供たちは2人とも発達障がいで不登校でしたが健康で、素直で、折に触れてスノボやものづくり、ペンションやホテルでの宿泊体験、電車やバス、自家用車での小旅行など、少しずつ外の世界と触れ合って、自分の人生を見つける手助けをしてあげられると思っていた矢先でした。
二人とも外出は最小限でしたので、初期被曝は少なくて済んでいるはずですが、自宅アパートの線量が高く、引きこもっていても日々被曝している状態でした。
加えて、被曝の事、震災の事など、オープンに話せない雰囲気がどんどんエスカレートしてきて、このままだと、子供たちは障がいと不登校に加え、被爆地にいるということで、福島へ囲い込まれたまま、将来を選ぶことすらできなくなるような気がして、いたたまれなくなりました。
私自身、人間関係が苦手で、友人もほとんどなく、日々見えない放射線にからめ捕られるような息苦しさが増していて、苦しかった。

保養に出ようにも、発達障がい児を受け入れる団体はほとんどなく、フルタイムで収入を得なければ生活できない身としては長期の親子同伴の保養も選べず、
やっとこちらの県のバスツアーに潜り込みました。

長野との県境なのでかなり田舎で、首都圏からロハスな暮らしをしたくて、あるいはアーティステックな暮らしがしたくて移ってくる方が多い土地柄で、
ここなら、子供たちも自分たちが人と違うなどと比較しなくて済むような気がして、仕事も家もすべて「捨てて」引っ越してきました。
福島にいるころから、CRMSにとても親しみというか、近しい感じがしていました。
それはみなさんのお人柄だけかと思ってましたが、それだけではなく、正しい情報を得て、共有して、判断するという、コンセプトも大きかったなと。今でも、何かみんなと一緒に、同じ方向を向いて「仲間」に入れてもらいたい気持ちがあります。
でも、出てしまった人間は、もう外の人間なんだなと、つくづく思います。これは外部からのではなく、内面からそう思います。
私のように、特に人間関係がなかった人間でもそうなのだから、ネットワークがあった方々のつらさはいかばかりかと思います。

私は被害者ではないなぁと、そう考えるようになりました。家族の中で私が一番被曝している(3月13日から平日はずっと勤務と食糧確保に外出していた)から、覚悟はしています。
そう遠くない未来に、体調不良が起こるかもしれないと思っています。
現在もいろいろあるけれど、それはしょうがないと思っています。子供たちに私ができることは、ここの比較的安全と思われる食物を食べてもらうこと、なるべく楽しい思いをさせること、
そして、私がいなくなっても強く生きていけるように心がまえを伝えること。
そして、もし子供たちが病気になったら、くじけないで人生をぎりぎりまで生ききられるように心を強くもってもらうこと。

今はそう思っています。


タイトルなし

ゆきさん(県内在住)
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3.11に思う。
クリスマスの残りのろうそく。子どもたちが恐がらないように、台所や玄関にもろうそくを灯した。

昨日、寝る時間が遅くなった子ども達は、7時を前に夢の中。オレンジ色のあたたかなろうそくの灯りを感じる。今日の黙祷の時、悲しみが全身を通り抜けた。感覚があるのは、生きている証拠。生きている今を感じた。原発事故を受けて、いろいろな思いがあった。けれど、今も私は生きている。
みんなと繋がり支えあい、子どもを守り、育てていきたい。


「高速道路の自主避難者の無料化に伴い、高速道路運転中の事故死を想定した。妻への手紙(遺書)」

Cさん(県内在住、妻子が県外避難中)
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高速道路の自主避難者の無料化に伴い、高速道路運転中の事故死を想定した。妻への手紙(遺書)
由希へ、君がこの手紙を読んでいるということは私は事故を起こしたようだね。

君との時間が無くなってしまったこと済ない。子どもたちの成長を助けることができないのが残念ではある。しかし、愛する者たちより先に逝けることは幸せなのかもしれない。長男の幼稚園行事での写真を見ると、彼の顔から笑顔が消えてしまっている。しかし、今の福島の状態は、子どもたちにが暮らすには酷な環境です。私の保険金や遺族年金などで経済的にはゆとりができるので、可能なかぎり福島県には戻ってほしくない。母子家庭になることで、公的な援助が受けられるようになるので暮らしやすくなるのは皮肉だね?
今後は、自分と子どもたちの幸せを第一に考えて下さい。私の姓や家にこだわる必要もありません。大切なのは君たちの未来です。

君は、東京電力に電気料金を払うことが苦痛だったよね。東電に対しての怒りは当たり前なのだが、子どもを育てる上では、恨みや怒りは良くない。弁護士を立てて彼らに戦ってもらって、可能な限り君と子どもたちは平和な暮らしをしてもらいたい。
最後に、愛ということを良く理解できなかった私に、愛を与えてくれてありがとう。子どもたち過ごすことができて、母性ならぬ父性がを知ることで今は亡き、両親を良く理解することができました。孝行したいときに親は無しと言うけれど、子どもたちは十分親孝行してくれました。大人になったときに、彼らに伝えてください。そして君たちの笑顔が大好きだと。

震災が無ければ、今頃4番目の子どもが生まれていたころなのかな、良く夢に出てきたおかっぱ頭の女の子だったのだろうか?




「3.11前の私へ」

うたはさん(県外在住)
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3.11前の私へ
いい?。
覚えておいてほしい事がある。
2011年3月11日、地震が起こります。
とてもとても大きな地震で、長い長い時間揺れています。
この世の終わりが来たのかと心配するでしょう。
大丈夫、揺れはしばらくして止まります。

いい?。
地震の後 福島第一原発が事故を起こし爆発します。
そしてどれほど危険かわからない、目に見えない放射性物質がばらまかれます。
あなたは、自分の住んでいる場所が原発から離れているから大丈夫って考える事でしょう。
でも、あなたの住んでいる所も例外ではなく放射能に汚染されてしまいます。
水も空気も土も食べ物も、家も全部汚染されます。
そして、子どもが一番危険にさらされてしまいます。

いい?。
地震が収まったら、すぐに逃げて。
風の流れで放射能汚染が各地に広がります。
北も南も危険だから、西へ逃げて。
それで子どもを被爆から守ることが出来ます。

いい?。
決して 原発は安全だから大丈夫とか、
何かあれば国が守ってくれるとか、
県が市が・・・ 守ってくれるとか、そんな事を考えないでね
守ってくれることに期待してはいけません。信じてはいけません。
危険から守ってなどくれない。守るどころか「安全です。子どもは外で遊んでいい」と平気で言うでしょう。
でも、決して 決して 子どもを外で遊ばせてはいけません。 

お願い、子どもを絶対外で遊ばせないで。

いい?。
お願い、原発や放射線の事を危険や恐ろしさを、チェルノブイリの事故からきちんと学んでおいて下さい。

お願い、子どもを守ってあげて!。
お願いだから!子どもを被爆の危険から守ってあげて!!。
どうかどうかお願いします。


そう。今、私が手紙を書きたいと思う相手は地震の起きる前の原発に対して全くの無知だった私に宛て。

わからなかったとはいえ、子どもを危険にさらしてしまった。
子どもを被爆させてしまったという事実をかえたい。

でも変えられない現実。私は福島からすぐに避難することが出来なかった。
私達、家族の住んでいた所には、強制避難区域の方々が続々と避難して来ていた。
テレビではずっと津波の映像が映し出され、内陸に住む自分たちが避難しなければという思考にはならなかった。

そして私は原発の事故がどれだけ 恐ろしいものなのかも、全く知らなかった。
それどころか自分の住んでいるところが原発から何キロの所にあるか知らなかったし、
福島原発が東京の電力を作っていた事さえ知らなかった。

原発に対して、どれほど無知で無関心だったのかと悔やむばかりの毎日。
原発の事故さえなければ。
そもそも原発なんて危険なものがなければと。

これは夢であって欲しいと思いながら毎朝、目をさまします。

せめて子どもを被爆の危険から守ってあげたかった。
一生消えない後悔。
この先、何世代にも渡り続く健康被害への不安。

できることならば、この手紙を3.11前の私に渡して欲しい。
原発の事故が防げないのなら、せめて大切な子どもを危険から守ってあげたかった・・・

「次男へ」

うたはさん(県外在住)
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次男へ
ごめんなさい。
あなたがどれだけ苦しんでいたのか、お母さんね、わかっているつもりでわからなかった。

避難のための転校。
次男のあなたはまだ小学2年生。長男の兄は小学6年生。
半年後、卒業を迎える兄が不憫で成らなかった。
5年以上も通った学校を転校しなければならないこと、1年生から一緒に学んできたお友達と卒業式が出来ないこと可哀想でならなかったの。

それに比べたら、1年半しか小学校に通っていないからあなたは大丈夫。新しい学校で再スタートしてお友達も一杯できるって。勝手に思ってしまったの。

そうじゃなかったね。

転校して、あなたが「ぼく、新しい学校の事なんにもわからないんだよ。前の学校の事をやっと覚えたところだったのに、ぼく何もなあんにもわからないんだよ」って言った。
そして、それまではみんなと一緒に同じことが出来ていたのに、みんなと一緒のことが出来なくなってしまったね。
お母さんね、それでも時が経てば、そのうち解決する問題だと思ったの。

でも、解決するどころか、状況は悪くなるばかりだったのね。
あなたはどれほど苦しんでいたのでしょう。
どれほど淋しい思いをしていたのでしょう。
お母さんね、わかっているつもりで、全然わかってなかったの。

あと地震の時に受けた影響もあったね。
震災のあと、夜中に悲鳴を上げて起きることもあった。余震の揺れにいつもおびえていた。そして際限なく見せられたテレビに映る津波の映像。
あなたにどれだけの精神的な苦痛と負担があったのか。
そんな中、夏休みに保養のため一ヶ月離れて暮らし、その後すぐの転校だった。
あの震災からあなたはどんなに心細かったことでしょう。
不安だったでしょう。辛い思いをいっぱいしたね。

避難なんてしなければ問題なく学校生活を送ることができたんじゃないか、福島に戻れば解決するのか、なんてことを後悔したり考えたりします。

震災さえ無ければ。
爆発さえなければと悔しくなります。
でも、過去ばかり振り返ってもしょうがないね。

もっともっとあなたの心と向きあって、寄り添うよ。
いっぱいいっぱい辛い思いをしたね。
大丈夫。大丈夫だよ。
お母さんはあなたのことをこれからも全力で守る。
あなたの人生はまだまだこれから。
大きな夢と希望をもって生きよう。

お母さんより



プロフィール

FnnnP事務局

Author:FnnnP事務局
福島乳幼児妊産婦ニーズ対応プロジェクト(FnnnP)では、原発事故後、小さな子どもを抱えるご家族を中心に、福島県からの保養・避難のサポートや実態調査を行ってきました。同様に、 福島県内の子育て団体と協力し、実態調査を行い、明らかになったニーズに対応してきました。
(公式ブログ:http://fukushimaneeds.blog50.fc2.com/)

※なお、お手紙の掲載にあたりましては、ご本人の了承を得て事務局より連絡し、掲載の最終確認を頂いたお手紙のみを掲載しています。また、お名前や居住地等もご希望に沿い、修正や削除の希望がない限り原文通り(誤字等も含む)、全文を記載しています。

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