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「私たちの避難生活」

Bさん(県外在住)
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私たちの避難生活
私たちは3月11日自宅に居ました。家が老朽しておりくずれる事を恐れ外へ出ました。近所で瓦が落ちて軒下の車を直撃しているのを見て家の入り口から車を縦に並べ、車内でゆれに耐えていました。地震から30分後位から町から海の方へ行く車がひっきりなしに走っていきました。
会社勤めの人たちが自宅の事が気になり家に戻っているんだろうと思いました。
私達の仲人であり、いつも野菜を頂き、公私共にお世話になっている--さんも自宅の前の道を海の方へ戻って行きました。近所の畑にいたのでしょう。軽トラックに夫婦で乗り、まわりの家の被害の様子を見ながら帰る--さんを見たのが、最後の姿になってしまいました。残念ながら、--さん、--(奥さん)さんは津波に流され亡くなってしまいました。--さんでは嫁さんの--さん、孫の--君、--君、--ちゃん6人が犠牲になってしまいました。--さんの生産した完熟トマトの甘い味はいつまでも忘れません。夜布団に入り寝る前にいつも--さんの事を思います。2年たった今でも。

3月13日からは福島市の親類の方に避難しました。義父が認知の為、一般住宅では困難になり--さんの紹介で保原なじみの里に入所できました。3泊もお世話になりました。支援物資の洋服やジャンパーなどとても役立ちました。
なじみの里のスタッフの皆さん、--家の皆さん、やさしく迎えて頂きありがとうございました。

3月18日私たちは福島市から--へ向かって一般道をひたすら走っていました。--県に入り少し緊張がほぐれた頃、空腹に気がつきました。4時頃だったと思います。食堂で昼食をと思い道の駅さとみの里に寄りました。係の人に本日の食堂は閉店した事を告げられました。ベンチで休んでいると、スタッフの方が残ったごはんでおにぎりをつくってくれ、売場のおみやげ用味付けのりも持って来てくれました。妊娠9ヶ月の二女と高校1年の三女。85歳の義父と私の4人でその場でありがたく、おいしくいただきました。
さとみの里の方々のあたたかいやさしさに今でも感謝しています。おにぎりと味付のりのおいしかったことはずっと忘れないでしょう。本当にありがとうございました。

--市の生活は、二女の出産を受け入れてくれる病院や高校1年の三女の転校、認知症の義父が入所できる施設捜しなど、とても忙しい毎日でした。二女は4月5日無事女の子を出産しました。が、なぜかカンガルーケアも無く産室の様子が少し変でした。この病院では初めての事らしく、生まれた孫は先天性四肢障害でした。右手のひじ関節から下が欠損しています。まわりのショックは大きく色々考えましたが気にしてかくすより、明るい元気な子に育てることが大切と思う様になりました。現在2才になりますが、元気にすくすくと育っています。二女夫婦は震災前、原町区内にアパートを借り、長女の誕生を待ち望んでいました。
二女の夫は、夫の両親が避難した福島市で両親と同居し、二女と孫は私たちの避難先である水戸で生活しています。放射能の高い福島市より--で家族3人生活したらよいのではと私達は思っていました。でも夫は両親の元が居心地が良いらしく、二女と生まれた娘にはあまり会う事も無く今日に至っています。原発事故離婚となりそうです。生まれた孫に父がいない事はかわいそうなので、やり直してほしいと私は思っています。

長女は原町区内に嫁ぎ、2人の子供がいます。塾を経営していましたが、兵庫県に避難していて先輩が紹介してくれた塾に勤務しています。長女も二女も実家から遠くなく近くもなく孫達が遊びに来れる距離に居れたはずなのに、今は遠すぎたり近すぎたり(笑)
これも原発事故が原因です。

避難前は23年4月着工で自宅を新築予定でした。その計画はストップしたままでこれからの予定は未定です。
24年8月頃実とで主人がチラシを持って来ました。セキスイハイムモデルハウス売却セールに「どうせ当たらないだろう」とあきらめ半分で応募しました。なんと4200通の1通で当選してしまいました。言われ土地を買いました。来年には新築住宅が出来る予定です。

一番苦労しているのは、孫が誕生してからの書類提出です。障害者の手続きが毎年あり親が別居している事、避難している事など、福島市役所の人たちは理解しようとせずうたがっている様な感じです。弱者に手を差し延べるのが本当だと思うのですが、事務的でまったく人間味を感じる事ができません。手続きがとどこおってる状態です。

震災以来、私達のまわりでは、孫の四肢障害やモデルハウス当選など、ありえない事がおきています。これからどう生きていくのはまったく未定です。家が少しだけ海から離れていた事で命びろいしたと思っています。命があればどこでも生きていけると思うし、前向きに明るく笑顔があれば、道は開けると思っています。


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プロフィール

FnnnP事務局

Author:FnnnP事務局
福島乳幼児妊産婦ニーズ対応プロジェクト(FnnnP)では、原発事故後、小さな子どもを抱えるご家族を中心に、福島県からの保養・避難のサポートや実態調査を行ってきました。同様に、 福島県内の子育て団体と協力し、実態調査を行い、明らかになったニーズに対応してきました。
(公式ブログ:http://fukushimaneeds.blog50.fc2.com/)

※なお、お手紙の掲載にあたりましては、ご本人の了承を得て事務局より連絡し、掲載の最終確認を頂いたお手紙のみを掲載しています。また、お名前や居住地等もご希望に沿い、修正や削除の希望がない限り原文通り(誤字等も含む)、全文を記載しています。

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